お電話でのご相談10時~19時
定休日 毎週火、水曜日

03-6240-1085

JINSOブライダルカウンセラー 婚活塾ブログ

2025/02/25

陰の力

こんにちは。今日は陰の力について書いてみたいと思います。世の中にはずば抜けた力を発揮する人や、素晴しい業績を残す人など通常の人には真似のできないような人がいます。そのような人は、その本人の力が優れていることは確かですが、陰で支えている人が必ずいるようです。今日はそんな話をしてみたいと思います。
 1982年に名古屋電気高等学校から西武ライオンズに入り、その後福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズ、埼玉西武ライオンズで活躍し、通算29年の野球人生を全うした大投手です。さてこの人は誰でしょうか?工藤公康選手です。
 1980年代に大活躍しましたが、どことなく生意気さがあり、私は当時は好きになれませんでした。目が大きく、ぐりぐりした真っ黒い目をした、生意気な投手というのが当時の私の印象でした。しかしながら、実力的にはもの凄いものがあり、1986年には11勝、87年には15勝をあげ、日本シリーズではMVPを2年連続で獲得しています。この記録は長嶋茂雄、堀内恒夫についで史上3人目と言われています。
 当時の彼の様子を紹介している新聞を、私のスクラップブックから探し出しました。(2012年8月28日、日本経済新聞朝刊)「プロ6年目当時の私は、天狗だった。ネオン街に繰り出し、ボトル1本以上空けての朝帰りはザラ。練習で汗をかきながらアルコールを抜く日々だった。これで成績を残せるはずがない。89年は4勝に終わった。特に肝臓の痛みがひどく、医者から『このままだと死ぬよ』とまで言われた。『工藤は終わったな。』仲間にもそうささやかれた。」普通の選手ならそこでやけを起こし、更に奈落の底に沈み込むというのが、良くあるパターンですが、さすが工藤選手、次の行動が普通ではありませんでした。
 ビール、ブランデーなど家中の酒を捨て、夜は家にこもったそうです。しかし、その程度のことで体調が戻るはずはありません。そんな生活から救い出してくれたのは奧さんでした。飲み友達からの電話には奧さんが出て断り、食事はバランスの取れた内容に変え、睡眠時間も10時間以上取らせたそうです。また肉体を鍛えるためのトレーニングに集中し、限界に挑戦する日々が続いたそうです。これらの効果が91年には現れ、16勝を上げる事ができたそうです。同年には月間MVP、日本シリーズ最優秀選手賞などを受けています。
 彼は様々な記録を持っており、ここには書き切れませんが、なんと言っても素晴しい記録は、実働29年間という歴代第一位の記録です。野球選手の選手生命は極めて短い。普通は十数年が限界のこの世界で、29年間も続けられることだけでも素晴しいのですが、この間、42歳で11勝、44歳で7勝しており、年齢別最多勝を上げていることはこれまた絶賛する記録です。
 これだけの大投手が若い盛りに天狗になるのはやむを得ないことだと思いますが、それからの彼の変身ぶりには頭が下がります。間違いを直ぐに改める勇気と決断と言えば格好いいですが、実行は極めて難しいはずです。それを実現した工藤選手は実に偉大ですが、その逸材を奈落の底から拾い上げ、また世に出す為の並々ならぬ努力を続けた奧さんは更に素晴しいと思います。世の中でなかなか実現できない事を実現する人の影には本人の優秀さと、それを支える陰の偉大な力があることを改めて認識する事ができました。
 一人で今でも生活しているあなた、そろそろ陰の力を本気で探してみたらどうですか?

前のブログ

次のブログ

JINSOブライダル 専属カウンセラー 秋山和人の写真

JINSOブライダル 専属カウンセラー 秋山和人(あきやまかずと)

New Blog

最新の記事

年別アーカイブ