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JINSOブライダルカウンセラー 婚活塾ブログ

2025/08/08

西郷隆盛の妻、糸どん

 西郷隆盛は映画などに何度も登場するのでおよそのことは知っていますが、その妻などについては詳しくは知りませんでした。いつだったかNHKの大河ドラマで西郷隆盛が放映されたことがあり、あの時は毎週欠かさず見ていました。あの中で西郷が島流しにあって、奄美大島で結婚した女性、愛加那(あいかな)は島の女性で二人の子供をもうけ、西郷が本土に戻された時に、鹿児島には戻れず離れ離れになります。子供と愛加那は鹿児島には戻れず、子供たちだけはその後鹿児島に引き取られますが、愛加那は島にとどまりその後西郷と会うこともなかったようです。西郷が鹿児島に戻された時に、3回目の正式な結婚をしますが、その妻が岩山糸子と言う女性であり、西郷が西南戦争で亡くなるまで、内助の功を尽くした女性です。西郷は3回結婚していますが、最初に結婚した女性は、須賀という女性で、藩命による結婚であり、すぐに離縁してしまったようです。理由はよくわかりません。

 夫は政治と戦争に明け暮れ、家にいることはほとんどなく、家を守ったのは糸子であったそうです。糸子と西郷の間には子供はおらず、糸子が育てた子供たちは数人いたと言われています。愛加那の子供が二人いますが、長男菊次郎は糸子が育てたようですが、長女菊草は、奄美大島で育ったようです。また妾の子と言われていますが実際は記録がなくわからない子供が、寅太郎(とらたろう)、酉三(ゆうぞう)ともう一人いるそうです。寅太郎と酉三の二人も糸子が育てたようです。つまり糸子は、菊次郎、寅太郎、酉三の3人を育てたようです。長男の菊次郎はのちに京都市長となり、優秀な子供であったようです。主な功績は、京都市の上下水道の整備、市電の整備、観光都市の基盤作りなどだそうです。

 菊次郎は「私は西郷南洲の子である前に岩山糸子の子である」と言ったと伝わっています。糸子は自分の子供ではない西郷の子供たちを立派に育て、家を守りぬいた強い母親だそうです。継母が子供をいじめる話はよくありますが、糸子にはこの種の話は一切ないらしく、その人柄がよくわかります。西郷の「敬天愛人」(天を敬い、人を愛する)は有名であり、多くの人に知られていますが、それは家庭においても同様だったようです。「妻を下に見るものは、ことを成すにおいても必ず失敗する」と言っていたと言われています。男尊女卑が当たり前であったあの時代の鹿児島で、現在よりも進んだ考え方のできた西郷さんの知的レベルと柔軟な考え方に敬意を表したい。同時にそう考えさせた糸子と言う女性の素晴らしさも忘れてはならないと思いました。

西郷隆盛の妻、糸どん
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JINSOブライダル 専属カウンセラー 秋山和人(あきやまかずと)

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